
時空ロード新書第1弾
「お気に入りのドレスで」
価格 : 600円(税込)
サイズ : 130×210
ページ数 : 144ページ
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四六判「男の牡学」
Dangerous Story
僕が女性をオンナと呼ぶようになって久しい。その根源を明らかにしなければならない。
小学四年、9歳。
素晴らしい光景を目にしたことからはじまる。
当時、僕の家は三軒長屋の大家をしていた。一番手前のご亭主は、肉の卸売を生業とするマーロンブランド風の渋くていい男。奥さんはその夫によく尽くす人だった。
ひとつおいて一番向こうの端は気っ風のいい旦那で、オトコの匂いがプンプンする鳶職だった。奥さんは腕に刺青があるらしくいつもガムテープでそれを隠していた。ある日、テープを貼り替えているところを見てしまった。腕には"〇〇命"と書かれてあった。それはご亭主の名ではなかった。
……オンナが生きていくための手管を見た。
真ん中の部屋は大学生が住んでいた。親は開業医。つまり道楽息子で金使いの荒い遊び人の坊ちゃんなのだ。その坊ちゃんの部屋によくクラブのオンナが遊びに来ていた。
ある日、坊ちゃんはそのオンナを部屋から引きずり出し往復ビンタを喰らわしていた。オンナも怯まず毅然としてその坊ちゃんに立ち向かっていた。
……オンナという凄い生き物を見た。
オンナが着ていた真っ赤なワンピースは今でも目に焼き付いて離れない。
その光景のなんと美しかったことか。
子供心に、これこそ"究極の美"と心に深く刻み込んだ。
時空ロード新書
Pocket edition
時空ロード新書・第1弾
「お気に入りのドレスで」

定価 : 600円(+税)
サイズ : 130×210
ページ数 : 144ページ
脱稿 : 07.07.2018
僕に何かが起こった。もはや疑いの余地はない。それはありふれた確信や赤裸々な事実とは全く違う、過去の経験にないものだった。急に現れたにもかかわらず30分ほどいすわった。かなり傲慢に、いくぶん波立ち、そいつは動かなくなった。そして僕を納得させる現実が車内に展開する。
空から助手席に桜の花びらが1枚、それがくっきりと現れた。僕の手の中には新しい何かが温もっていた。あるいはむしろその花びらを、どう手で握ったかが問題だ。車は止まった。というのは、景色が止まったからだ。
その逆に、まるで生き物のように時が逆回りを始めた。僕は手を開いて眺めた。単にハンドルを握っていたにすぎない。
改めて空を仰ぐ。
挨拶してきた桜の花びらは、知らん顔して立ち去った。僕の手の中には巨大なのような過去がはびこっていた。
その過去が僕を生かし育ててくれた。全身の血管に恩恵が溢れ感謝する筋肉がじっとしていなかった。僕はそれを親に打ち明けようと電話ボックスに向かった。
この信号ひとつ渡れば電話ボックスだ。うさんくさい通行人が信号を待つ。この数分間なにが起こったのか、どこで、いつ、だれと。
それは特定できない象徴的な変化だ。変わったのは信号なのか、僕なのか。もし僕でないとすれば、この信号と自然が虚ろに変化したとしか思えない。
そうだ変わったのは僕だ。それがいちばん賢明な解答だ。しかし最も不愉快な解答でもある。
悔しいが変わった僕を認めるしかない。
この昼さがりに。